スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

さあ、元気になりなさい 3

 次にその駅で歌声を聞いたのは、あれから数年経ったやっぱり春だった。
 私はあれからすぐ遠くの街に引越して、バイトをしながら自分の売り込みを始めた。
 だから久しぶりにそんな自分の郷里の駅に通りがかったのも、別に大した用があったわけじゃない。
 たまたまその駅近くのスタジオに届け物を頼まれて、降りただけのことだった。
 駅前商店街の景色は、コンビニができたくらいの変化しかない。
 それでも祐介の情報が途絶えている間何も無かったかといえば、そんなこともなく、それなりに色々あった。
 どれくらい色々あったかというと、京平が砂夜子さんの弟の真砂と仲直りしたり、逆に今度は私が、京平を巡って真砂と取り合うようになったり。そんな京平の家に、人間になりたいなんていうヒューマノイドが転がり込んできたり。
 ……今じゃ私もすっかりそのヒューマノイド(名前はザザという)になじんでしまって、変装というよりは、ほとんど化けの皮を被った状態で他人になりすますのが得意なザザに、たまにバイトを変わってもらうくらいには、変化があった。
 仕事にも少しは進展があって、特に最近はマヤという猫被ったアイドルに見込まれたおかげで、バックコーラスの仕事が順調に入り始め、なんとなく次のステップへの足がかりが掴めつつある。
 だけど私はホームに降り立つその瞬間まで、またあの音楽が聞けるとは予想してなかった。
 再会の瞬間は不意に訪れる。駅の外から聞こえてきた懐かしい声に、胸がドキリとした。
 遠くから聞こえてくるその歌は、耳になじんだ懐かしい感じがした。
「うそっ……!」
 まさかという思い、期待、混乱。そんなものを自覚する間もなく、気がつくと走り出していた。
 体が自然に動き出す。だって忘れようたって、忘れられない。
 この声は、祐介の声だ。
 改札もそこそこに、息を切らしたままあの階段へたどり着くと、階下に夢ではなく、現実の祐介がそこにいた。。
「祐介……」
 久しぶりに見る、元気そうな姿。彼は学生時代のスタイルそのままに、昔と同じ場所で作業服姿で地べたに座り込んだまま、ひょっとしたら昔以上にベタなラブソングを歌っていた。
 そしてたまらないくらい、クサイ歌詞。
(ホント、好きなように歌ってるなあっ!)
 まるで過去にタイムスリップしたかのような錯覚を起こしそうになって、思わず笑いがこみ上げてきた。
 だって、まるで悲しいことなんて、何も起きなかったみたいだ。
 目の前にあるのは、祐介が一度は遥か高みまで登っていけたことも、挙句薬物に手を出したこともまるで無かったみたいに、穏やかな青臭い光景。
 そんなわけないのに。
 あの事件は本当に起こったことで、私にも祐介の身にも確実に時間は流れた。
 歌う歌も微妙に変わった。
 ……でも、また再会できた。またお互いまだ歌の世界にいて、かろうじて縁があった。そんな偶然が、嬉しい。
 テンションがあがった自分を落ち着かせるように、ゆっくりと階段を降りる。そして時間が開いてしまったせいで生じる妙な緊張感を振り払うように、息を軽く吸って切り出した。
「ごぶさた」
「……おう。そっちも、元気そうだな」
 祐介はこっちの気合が拍子抜けするくらい、自然に返してきた。そんな彼の左手に、光る指輪を見つける。
「結婚したの?」
「ああ、今は彼女と、彼女の妹と一緒に住んでる」
「小姑つき? それは、ご愁傷さま」
 からかうようにニタリと微笑みかけると、逆に勝ち誇ったような笑みを返された。
「そうでもないぞ。本当の妹みたいで、……家族が増えるというのは、わりと楽しい」
「あ、そ」
 すねたような返事をしてしまって、自分でも驚いた。
 いや、祐介が幸せなのは、それはそれでめでたいことだ。ただこっちがこれでも祐介の安否をあれこれ案じている間、コイツが脳天気に笑っていたのかと思うと腹立つ。もやもやする。
 すると、祐介が真顔で見上げてきた。
「まだ、俺がやらかした事件のことを怒ってるのか」
「それもある。勝手に失踪したりして……。でもそれ以上に、元気なら元気だって、なんでもっと早く連絡一つしてこなかったのよ」
 せっかくの再会だっていうのに、トゲトゲしい気持ちを抑え切れずぶつけると、祐介はかすかに微笑んで呟いた。
「ありがとうな」
「へ?」
「でも、もう俺は大丈夫だ。これからは俺の家族が、俺を支えてくれる」
「さっきの奥さんと妹さんのこと?」
 聞き返すと、彼はしっかりと頷く。
「それこそガキだった頃から、俺の歌を応援してくれたのが公子だった」
「誰それ」
「俺の嫁の名前だよ。公子はガキの俺も、ズタボロになった俺も、俺を全部認めてくれた女性だった。ずっと好きだった」
 そうして、とても大事そうにギターを眺める。
「俺は公子のためになら、また歌える気がしたんだ。実際歌ったら、気持ちもタフになれた。……だからもう、心配しなくていい。俺は公子のために歌っていれば、大丈夫だ」
「まったく、もう」
 私は、大きく溜息をついた。
 ムカツクくらい甘い惚気に、胸焼けがする。でも。
「よかったわね!」
 そんな顔をされたら、そう言うしか無い。
 確かに、祐介は変わったと思う。
 歯の浮くようなことばかり言うけど……目が落ち着いた、大人の男になった。
 有名になったばかりの祐介は、ただ「自分の歌」を歌ってただけのガキだったから。
 ここにいる祐介はやっぱり、あの頃のままの祐介じゃない。
「ねえ、ずっとヤキモキさせてたお詫びに、なにか歌ってよ。今の祐介の曲、聞きたい」
 私のリクエストに、彼はフッと短く笑い、ゆっくりとギターを奏で始める
 どこか懐かしいメロディラインが始まった。
 低い声が胸の何処かにひっかかる。すぐに祐介の世界に、惹きこまれた。
 ああ、きっとこんな音は、祐介にしか作れない。
 そうだよね。才能がある奴の音楽って、こんなにも人の心を昂揚させるものだった。
「……瞳?」
 不覚にも視界がゆがむ。
 手を止めて、怪訝そうに祐介が見上げてきた。
 いけない。
 しかしそう思った時にはもう遅くて、涙は私の頬を伝って落ちる。
「ごめん」
 私は、反射的にそう口にしていた。
 この音が失われなくてよかった。
 祐介がもう一度、音楽にたどり着いてよかった。ホッとしていた。そして、同時にそんな自分をとても浅ましく感じた。
 だって彼らが音楽を続けていれば、きっとまた辛いことが起きるかもしれない。
 ファンが、彼らの音楽が埋れているのを放っておかない。やっぱり祐介達の音楽は、祐介達だけのものではなくなるだろう。
 それでも、私は京平や祐介に音楽をやっていて欲しいと思った。コイツらの音は誰にも真似できないかけがえのないもの……だから。
「ごめん、……ごめん」
「なぜ、謝る?」
 祐介に問われて、反射的に答えた。
「わからない」
「じゃあ理由も無く、泣くな。こんなところ、知ってる奴にでも見られたら……」
 少し困ったように言いかけて、祐介が固まる。
「……げ」
 その視線の先を追うと、一組の小さな女の子を連れた若夫婦が立っていた。
 父親は紺の∨ネックセーターにチノパンのラフな格好。母娘はおそろいの春らしいシンプルな黄色のワンピースを着ていて、いかにも仲良し親子の買い物帰りといった風情だ。
「……あれ?」
 この奥さんのほう、なんだか見たことあるような気がする。
 だけど、どこで見たんだか思い出せない。
 そもそも、いつ見たんだっけ? そんな私の不躾な視線を受けた彼女は、きょとんとしている。
「岡崎……なんで、お前らここに」
「芳野さん。なんスか、その泣いてる女の人」
 一方父親のほうは、思いっきり蔑んだ表情で祐介を見ていた。どうやら彼は、祐介の知り合いらしい。
 追い打ちをかけるように、父親の手を握っていた小さな女の子が祐介を指さす。
「ママ、おんなのひとが泣いてるー」
 すると娘に、母親は目線を合わせながら、たしなめた。
「しおちゃん、駄目ですよ。そんな風に言っちゃ」
 そして、続ける。
「これは大人の事情なんですよ」
「違うから」
 完全に浮気の発見現場を抑えられたかのような扱いを受け、祐介がすかさず否定した。
 しかし、じとっとした父親の眼差しは揺るがない。
「ち、違うんだ岡崎。これは、その……」
「見損ないました。こんなの見たら、伊吹先生や風子が見たらどう思うか」
「だから、違うって言ってるだろ。コイツはただの従姉妹だ」
 祐介が、お前も何か言ってやったらどうだと言わんばかりに、視線を投げてくる。
 しかし私は、それどころではなかった。
 だって、祐介の反応が新鮮すぎる。
 冷めたことばっかり言ってたコイツが、しばらく見ないうちに、こんなに人間らしい側面晒すようになってたなんて。
 むしろ祐介をもっとからかいたくて、疑惑を肯定したくなる衝動にかられる。
 ……もちろんそんな事実など、これっぽっちもなくても。
「え、ただの従姉妹だなんてひどい。私を弄んだのねっ」
「見苦しいですよ、芳野さん」
「お前らな」
 そんな漫才を繰り広げていると、いつの間にか祐介の目の前にさっきの小さな女の子が入り込んできていた。
「おにーちゃんは、そこで何をしてたの」
 そのままギターに手を伸ばす。
「お歌を歌っていたのよ」
 母親が出てきて娘の脇を抱え、やんわりと距離をおかせながら、顔を緩ませる。
「でも、懐かしい。ママもしおちゃんくらいの年の頃、ギターのお兄ちゃんとお姉ちゃんとお歌歌ったことあったんだよ」
「……え?」
 その言葉にドキッとした。何かがまた記憶をかすめる。
 やっぱりこの女の人、どこかで会ったことある?
 私は改めて、その母親の顔をまじまじと見つめた。
 タヌキ顔っていうんだろうか。目が大きくてちょっと垂れてて、おっとりとした表情。触覚みたいに跳ねてる特徴的な前髪。
 昔、そんな女の子、どこかで見たような……。
「あ、あの時の子じゃない」
「ええ!?」
 娘を抱えた彼女が目を丸くする。
「え、渚。お前、芳野さんの従姉妹さんと知り合いだったのか」
「ごごご、誤解ですっ。わたしは、朋也くん一筋ですっ。浮気なんてしていません!」
 誰もそんな話はしていない。
 第一、女同士でなんでそんな発想になるのか。思わずツッコミを入れたくなったその時、しおちゃんが不安そうに母親に手を伸ばしてきた。
「ママー」
 浮気って単語に反応したのだろう。しおちゃんは、しっかり威嚇するように私をにらみつけてくる。
「ママは駄目っ」
「あ、しおちゃんも一番です。おかーさん、しおちゃんと朋也くん一筋です」
 渚さんは、娘にマイペースに笑いかけている。
 私は肩をすくめた。
「ねえ、渚さんって言ったっけ。忘れちゃったかもしれないけれど、私は昔、ここであなたと歌ったことがあるかも」
「え……」
 一瞬記憶を巡らすように眉根を寄せた渚さんは、ぽんっと手を叩いた。
「あ、ひょっとして……あの時の!」
 そのまま、くりんと娘ごと自分の旦那の方に向き、満開の笑顔を咲かせる。
「朋也くん。この方、わたしのお知り合いさんでした! わたし、このお姉さんと歌を歌ったことがあるんですよ、ここで!」
「お前がか?」
 驚いたように返す岡崎さんに、渚さんは握りこぶしを固めて思い切り頷いた。
「はい、ちょっとだけ頑張りました! でも楽しかったです」
 そして今度は私の方を向いて、頬を紅潮させながら、一生懸命話しかけてくる。なんだか可愛いヒトだなあ。
「また、会えて嬉しいです!」
 そんな私達を見ていたしおちゃんが、突然右手を上げた。
「ママー、わたしもここでお歌、歌いたい」
「じゃあ、歌おうか」
「ええっ!?」
 渚さんがあっさりと娘のおねだりを承諾すると、男ふたりがぎょっとしたように仰け反った。
「マジか、渚。こんな往来で」
 旦那が駅前の行き交う乗客を見回せば、祐介がげっそりとした表情で呟いている。
「俺、幼稚園児の歌なんて知らんぞ」
 そんな四人をニヤニヤ眺めながら、私は尋ねた。
「今日は何歌うの?」
 すると母娘は顔を見合わせて、同時にコクリと頷く。
「もちろん、こういう時はだんご大家族ですっ」
 渚さんが高らかに宣言した。
スポンサーサイト

キスお題とか

こんばんは。このりです。
昨晩は、草SS(リンク先は出場作品保管所)に出入したりして、楽しく過ごしました。
山鳥さんのMVPおめでとうございます! 鈴が可愛かった。やっぱリトバスにおける鈴可愛いは、正義だよなあー。
あと謙吾×理樹風味がわりと新しかったです。
個人的には、遅刻でMVP対象外となったものの、ぶりかまさんの棗恭介(27)が大ヒットでした。
甲斐性無し恭介での恭こま!
うあああー!これ好きな人多いんじゃないかな!すげえ、あの人とかあの人とか読ませたいです!
まだできたてホヤホヤで保管所には格納されてないけど、会場の51回スレから読めるから、興味ある人は読んでみるといい!

さてさて草SSも次が最終回です。
草出身のみんな、盛り上げていきましょう!
わりと自分へのエールでもある。でも最終回くらい書けないと、本気で泣けない自分。
本出すくらいの気合で頑張るよ。

さてさて。今回はというとですね。
シリアスな連載さなかに情緒もへったくれもありませんが、
ちょっと気分転換にキスお題とか書いてみたら、なんかするすると2時間くらいで書き上がってしまったのでアップしようかと。
こういう気軽に書けるツールがあるのって、凄くいいなあー。
やっぱりラブラブは書いてて楽しいです。

お題は、
kiss5お題バナー

の「Q:台詞」からお借りしました。
台詞の順番縛りな上に、台詞の語尾変換以外そのまま使用の縛りがあったので、わりとワクワクしながら作った!
呼称はお題のままです。工夫が足りなくてごめんなさい!なのでそこが苦手な人は注意!注意!
いちゃいちゃ恭こま短編ですww シリアス連載中なので一応気を使って、白抜きにしておりますよ。
シリアス連載のも、早めにアップする予定です。そして、草SS大会投稿用とMS3にとりかかるんだー。ではまた。

(お題小説ここから)
 校門をくぐってからも雨足はどんどんひどくなってきて、追い立てられるように俺達は校舎の中へ逃げ込んだ。
 髪の毛の先から、雫が滴ってくる。
 ズボンにも泥がめちゃくちゃはねていて、濡れた制服が完全に体に張り付いてしまっていた。
「……ふふっ」
 下駄箱にもたれて、小毬が噴出す。それに釣られるように、俺の腹の底からもなんだか笑いがこみあげてきた。
「はははっ……やられたな、お互いに」
「本当。こんなに急に降るなんて思わなかったです」
 そう言って小毬がポケットからハンカチを取り出し、俺の頬にあてた。
「こ、小毬?」
 急に彼女の顔が至近距離になって、思わず後ずさる。そんな俺を見て、小毬はすまなそうに苦笑した。
「あ……ごめんなさい。少しは拭けるかと思って」
「いや、大丈夫だ」
 なんとなく一人で慌てている自分が、格好悪く思えた。
 あさってのほうを向いたまま、彼女に気付かれないようにそっと溜息をつく。
 意識するな。相手は天然なんだから、そんな気はまったくないんだろうし。
 ……とはいえ、さすがにこんな風に突然触れられると、ちょっとくらいドキドキはする。
 ましてや今日は祝日で、珍しくリトルバスターズの誰とも一緒じゃない。
 こんな静かな校舎で二人きりだという事実も、なんだか俺を落ち着かなくさせた。
「小毬?」
「……冷たいですね」
 今度は彼女が、俺の腕に触れてきた。絡みつく腕から直に、体温が伝わってくる。
 どういうつもりだ?
 まるで誘っているような仕草。混乱する頭で、やっとの思いで返す。
「小毬はあったかいな」
 自分でも、何を言ってるんだか分からない。
「そうかも。なんだか発熱しちゃってるのかな」
「風邪でもひいたのか?」
 発熱なんて言うから少し心配になって覗き込むと、小毬は苦笑した。
「そういう意味じゃなくて。……恭介さん、もうちょっとこっちを、向いてもらえますか」
「え?」
 振り向いた途端、柔らかい体が不意に腕の中に飛び込んでくる。
 ゾクリとした。
 その冷え切った体とは反対に、伝わってくる胸の鼓動が自分と同じ位早くて、興奮する。
「ちゃんと約束したから。りんちゃんと」
「……小毬?」
「次に好きな人ができた時は、気持ちを伝えるって」
 恥じらう小さな声がやけに扇情的で、心臓がまた跳ねる。
「好きな人?」
 聞き返す声が、つい震えた。
 ……まさか。
 いや、そんなことあるはずはない。だって小毬が好きだったのは、理樹のはずだ。
 俺はただの仲間で、更に追加するなら親友の兄貴。それだけだったはずじゃないのか。
 しかしそんな俺の困惑を知ってか知らずか、更に小毬が俺のシャツの胸の部分を小さく握りしめてくる。
「お願いです」
「小毬……」
「もう少し屈んでください。キス出来ない……」
 そうして潤んだ瞳のまま、俺を見上げてきた。
「恭介さん、好きです」
「……へ?」
 思わず間抜けな声が漏れた。
 突然の告白に、頭が真っ白になる。
 だって、そんな素振り、それまで全然見せなかったじゃないか。気づくこともできなかった……それなのに。
 いつの間に?
 俺の中で疑問が空回りする。
 するとそんな俺に、逆に我に返ったのだろうか。小毬が目を見開き、俺からパッと離れた。
「ごごご、ごめんなさい、私ったら、恭介さんの気持ちも考えないで突然、ななな、何言ってるんだろ私ーアハハハハーッ!」
 真っ赤になって後ずさる小毬の手首を、反射的に掴んだ。
「おい小毬!?」
「なんていうか、こういうのって勢いが必要っていうかー、今しかないとか思っちゃったりしちゃって!」
「逃げるなって!」
 今にも走り出そうとする小毬の腕が、引っ張られてピンと伸びる。
「ででででもなんだか今更、とっても恥ずかしくなってきましたーっ! いいいい、今のはちょっと無かった事にしましょうー!」
「ああ、もう」
 焦れた俺は、そのまま小毬の体を引き寄せると、両腕で近くの壁に囲った。
「駄目」
「ふ、ふええええっ」
 追いつめられて、小毬はもうパニックで泣き出さんばかりになる。
「キス1回で許してやるよ」
「ふえ?」
「キス、するんじゃなかったのか?」
 俺の答えが、すごく意外だったのだろう。涙目のまま、小毬はきょとんとした顔で、俺を見上げてくる。
「キスしてもいいん……ですか?」
「やっぱり却下」
 即座に否定すると、期待を裏切られた彼女は、ガックリと肩を落とした。
「恭介さん、いじわるです」
 本当に可愛いな、小毬は。
「俺がする」
 目を見開く彼女に、息がかかるくらいまで顔を寄せて、止めた。
「小毬は嫌か? 嫌ならやめるぞ」
「……」
 こんなに真っ赤な顔をして……今度は固まったまま、動けないのか。
 時々やけに押しが強い癖に、押されると弱い。そんなところが、本当に可愛い。
 俺は更にもっと顔を近づけて、彼女の耳にそっと囁いた。
「小毬のことがずっと好きだったよ、俺も……知らなかっただろ?」
 吐息を吹きかけられて、彼女の体がビクンと震えた。
「で、返事は?」
「初めてのキスは貴方から下さい」
 伏し目がちで、蚊の鳴くような声で答えてくる。
 そんな彼女についに理性が壊れて、俺は小毬の唇に自分のそれを重ねた。
 初めての感触。濡れてるけど、温かくって、ふにふにしてる。
 ……女の子の唇は、こんなに柔らかいのか。
 ゆっくりと味わってから離すと、彼女はぼうっとした表情で俺を見つめてきていた。
 もう愛しさで、どうにかなってしまいそうだ。
「俺だってずっと」
 たまらなくなって、俺は両腕にしっかり小毬を抱きしめる。
「君にキスしたかった」
 そんな彼女のうなじからは、蕩けるように甘い、チョコレートの香りがした。

 (ここまで)
 読んで頂き、ありがとうございましたー。

さあ、元気になりなさい2

 メジャーデビューし、祐介の顔をテレビで毎日見るようになってからの、彼の躍進は更に加速度を増していった。
 同世代の支持を一気に集め、CDを出せばいつもミリオン。
 あっという間に彼は、一流のアーティストの仲間入りを果たした。
 一方私はというと、相変わらずまだ下積み生活を続けている。
 そろそろ上京して、まる一年。オーディションに落ち続ける毎日は、相変わらずだった。
 それでもやっぱり、才能の塊にぶつかって、本気で歌い続ける日々はそれなりに楽しくて、ハードな生活に疲れながらも、まだ手応えを手放せなかった、そんなある日。
 事件は起こった。
 私がそれを知ったのは、バイト先のファミレスのバックヤードで昼食休憩を取っていた時だった。速報を見た瞬間、私は口に運びかけたフォークを取り落としそうになる。
「げ……」
 思わず呻いた。視線がモニターに釘付けになる。
 芳野祐介、覚せい剤で逮捕。
 最初は目に飛び込んだその言葉の意味が、なかなか頭の中に入ってこなかった。
 このワイドショーのキャスターは、何を言っているのだろう。
 だって……あの祐介が?
 一度セッションもどきをした、あの辛い夜にずっとつきあってくれた記憶が蘇る。
 不器用だけど、優しい。心に残る音を作れる奴だった。
 ……あいつも京平とは別のベクトルで、やっぱり胸を掻きむしりたくなるほど羨ましい才能を持っていた。
 だから、あんなにファンも増えたのに。私にはまだ手も届かないところに行けたのに。
 こんなことで祐介の音楽が、終わってしまうの?。
 そんなのってない。
 ひょっとして何かの間違いだってことはないのだろうか。だってあいつは、音楽を愛していた。
 それを、薬物なんかでわざわざ汚す必要が、どこにある?
 ぐるぐると信じがたい思いばかり渦巻いて、まるで拒否反応のように体がガタガタ震え、全身から力が抜けていくのが分かった。
 フラフラと立ち上がって、また脱力して座る。
 そんな動きを繰り返し、また動揺が表情にも出ていたのだろう。バイト仲間が心配そうな顔をして、声をかけてきた。
「どうしたんですか、瞳さん」
 私は慌ててなんとか笑みを作る。
「なんでもない」
「顔色悪いですよ。ここのところシフトたくさん入ってましたから、疲れちゃったんじゃないですか」
「はは……そうかもね」
 そう答えるのが、やっとだった。実際、その後彼女とどんなやり取りをしたかなんて、もう覚えていない。
 仕事が引けてフラフラと家路についてからは、貪るように祐介の情報を集めた。
 週刊誌、テレビ、インターネット。彼に関する情報には、なんでもあたった。
 でもこんなに彼の名前は溢れているのに、彼が今どうしているかを書いた記事は一つも無かった。
 拘置所の冷たい塀の向こうで、祐介は今、何を想っているのだろう。想像するだけで胸が痛くなる。
 そして歯がゆい気持ちだけを心の奥底に抱えたまま、翌日にはまるで雪崩のような彼へのバッシングが始まった。
 
 
 有名な芸能人の転落は、マスコミにとっても格好の餌になる。
 毎日メディアは面白おかしく、祐介が薬に手を出した理由を憶測して、並べ立てていた。
 しばらくして祐介は保釈されたけれど、その後の消息はしれない。
 昔の仲間に連絡をしてみたけれど、誰も彼の居場所は知らなくて、実家を家出同然に出てきた私には、親戚筋から情報を得るのも絶望的だった。
「……はい、ありがとうございました」
 そんな私に追い打ちをかけるかのように、オーディション落選の知らせは、今日も私の携帯を鳴らす。
「わざわざ凹む知らせが、立て続けにこなくてもいいじゃん」
 自嘲するしか無くて、ため息をついてそのままベッドに倒れ込むと、携帯を枕元に放り投げた。
「なんか、久しぶりに時間が開いちゃったなあ」
 ボーカルオーディションの本選を勝ち上がったときに備えて、今日のバイトは入れていなかった。日が高くなってじりじりと温度が上がる六畳一間の安アパートで、手持ち無沙汰に壁に貼ったカレンダーを人差し指でつつく。
「どうすっかな」
 外はいい天気。洗濯物とか掃除もたまっているけれど、そういう気にもなれない。
「うしっ」
 窓越しに広がる青い空を眺めているうちに、なんとなく出かけたくなった。ひっかけてあった革ジャンとバッグを掴んで、鍵をポケットにねじこむ。
 行きたい場所があった。
 
 
 二時間かけて辿りついたのは、祐介が歌っていたあの駅。
「いるわけないことくらい……わかってたけどね」
 私は階段下を眺めると、苦笑いしながら肩をすくめた。その視線の先には、全然知らないストリートミュージシャンがいた。
「ホント、何を期待していたんだろ、私」
 ひとりごちる。そこに祐介がいるとは、流石に思っていなかったけれど。
 私を動かしたのは、ただ一つの根拠のない淡い期待。
 ここなら、彼の原点になるここなら、ひょっとしたら彼の欠片くらいの痕跡があるんじゃないかと思ったのだ。
 だけど、そんな現実は甘くは無かった。
 冷静に考えれば、あんなにたくさんのマスコミが動いても分からないのに、ちょっとくらい思い出の場所に立ち寄ったくらいで、彼の消息が分かるなんてこと、あるわけない。
 階段を降りると、祐介よりちょっと背が高いくらいの青年が、立ったまま演奏していた。
 年はきっと、私達より五歳は上。ギター弾きにはちょっと勿体無いくらいの、ガッチリとした体格の男だ。
「ふうん」
 暇だったので、そのまま彼をパラパラと取り巻くの五、六人の聴衆に混じってちゃんと聞いてみる。
 歌もギターもわりと上手。でも腕はやっぱり中の上。祐介の音を最初に聞いた時より落ち着いて聞いているのは、単純に今は前の時とは違って、心理的に余裕があるからというだけだろう。
 わりとフォーク系の人らしく、私も祐介も歌わないような、ゆずとかみたいな曲をガンガン歌っていた。
 そんな風にぼうっと時間を過ごしていると、そのストリートミュージシャンが不意にMCを始める。
「お忙しい中、俺の歌を聞いてくださって、ありがとうございます。実は俺がここで歌うのは数年ぶりなんですけど……」
 言いにくそうに、でもどこか想いを噛み締めるように、男はぽつぽつと話す。
「個人的なことなんですが、ちょっと知り合いが馬鹿やっちゃって。そんな知り合いってほど知ってるわけでもなかったんですけど、そいつもここから巣立った奴なんで、……俺らくらいはここでそいつがちゃんと罪を償って出てくるのを、待っていてやってもいいかなって思って」
 とりとめもないコメント。しかし、気持ちは伝わってくる。
「というわけで、次はこんな曲を歌ってみます。今度はちょっと曲調変わりますけど、俺が昔好きでよく歌ってた曲です」
 そう言って彼が爪弾いたのは、あのno woman no cryのイントロだった。
「……え?」
 驚きのあまり、思わず声が漏れた。背中を、ゾクリとした興奮が走る。
 あの学生時代の祐介が、照れたようにそっぽを向いたあの顔を思い出す。
 なんだか突然祐介との糸が繋がった気がした。きっとこの人だ、祐介にこの曲を教えたのは。
 接点だ。
 ただこの曲を教えたというだけの意味しか無くても。しかも消息では無かったけれど。
 ……ちゃんと祐介の欠片、あったじゃないか。
 ギターだけの伴奏に合わせて、大丈夫、大丈夫と繰り返す印象的なサビ。
 そうだね、まだ大丈夫。世界は終わっていない。
 どんなに絶望的に思えても、大半は祐介にも私達にも無関係な毎日を送っていて。
 どんなに全世界に失望されたように思えても、祐介に持つ抱く気持ちは全員が一つなわけじゃない。
 あの日、あの夜、心を閉ざした京平を想って、私がここで歌ったように。
 たまには私達みたいに、祐介が戻ってくるのを、待っている人もいる。
 この歌が届かなくても。こんな想いがまだここにあることを、祐介が最後まで知ることはなくても。
 自分の音楽に絶望した彼が、それでもまだ彼の才能を待つファンやスタッフや仲間に、もう目をむけることはなくても。
 想いは、人の気持ちに関係なく流れている。そういうものだ。
 曲を歌いきった後で一礼し、ストリートミュージシャンの男は、右手をあげながら言った。
「じゃあ、次はリクエストを募ります。なんか俺に歌わせたい曲とかあったら」
「さっきのもう一回」
 私はすかさず、リクエストする。
「それで……とっても不躾なお願いなんですけど、私も歌をやるんです。一緒に歌っていいですか」
 その申し出がとても意外だったのだろう。彼は目を丸くする。
「珍しいリクエストだな。……て、あなたでしたか」
「え?」
 まるで見覚えがあるみたいな言い方に、今度は私の方が驚く番だった。
「前に芳野とここでセッションやってたでしょう。俺、見てましたよ」
 あれを見ていたのか。
 ぐちゃぐちゃの顔で、喪服に裸足でただ歌っていたあの夜の私を。
 照れくさくて、思わず苦笑いが漏れる。
「どうぞ、あなたなら歓迎ですよ」
 まるであの日の祐介のように、彼は自分の横を指し示した。
 今日はスニーカーなので、靴を脱がないまま、私は彼の横に立つ。
「タイミングは?」
 弦の張りを確認しながら彼が聞いてくるので、私はニヤリと笑って返した。
「好きにしてくれて、いいですよ」
「了解です。……じゃあ」
 彼が愛用の赤いレスポールの腹を軽く二回叩く。イントロが始まった。
 息を吸って声を出した。うん、今日は調子がいい。
 力が出せる。歌声が伸びて行く。
 絡まるギターとの相性もいい。リズムが噛合ってる。歌が紡がれている実感がする。
 私は隣の、きっと今回もまた一回限りのセッションになるであろう、祐介の知り合いのストリートミュージシャンの顔をチラリと見る。
 中の上なんて考えて、ごめんなさい。セッションしてみて分かった。この人、思ってたよりずっとギター上手いわ。
 それでもまあ、京平のギターには叶わないけれどね。
 歌っているうちに夕方の仕事帰りの時間帯にさしかかってきたこともあって、いつの間にか人垣ができてきた。
 聴衆ができて、更にテンションがあがる。歌い終わると、拍手が湧いた。気持ちいい。
 そんな人垣の中から、いかにも買い物帰りの中学生くらいと思しき小柄な女の子が、一生懸命手を上げていた。
 前髪が跳ねてて、ちょっと触覚みたい。
「あの、次、リクエストいいですかっ」
「どうぞどうぞ」
 気分良く応じると、彼女は両手に握りこぶしを固めて、気合を込めたリクエストをくれる。
「だんご家族で、お願いしますっ」
「……うっ!?」
 いきなり困惑した。最近街のなかでしょっちゅう流れてる、みんなの歌みたいなアレか。
 ジャンル違いにも程がある。
 そりゃ、商店街やスーパーで流れてるのを聞いたことはあるけど、第一歌詞を全然覚えてない。
 隣のギター弾きを見遣ると、同じく溜息をついて首を横に振っていた。
「ごめん。その曲はちょっと……知らないの」
 そう答えると、彼女は明らかにがっかりした様子で、肩を落とす。
「そうですか……」
 落胆した様子があまりにもストレートで、思わず苦笑する。
 私は怯えさせないようにゆっくりと、膝をついた。そのまま、きょとんとする彼女の顔をのぞき込む。
「ねえ、あなたはその歌、歌える?」
「……え?」
「もしよかったら、教えてくれないかな。私もサビなら歌えるから」
 no woman no cryを祐介と歌った時みたいに、一緒に歌ってみるのも楽しいかもしれないと思った。
 言いだしてから隣のストリートミュージシャンの存在を思い出し、ハッとする。
 しまった。ここは彼のライブだった。
 おずおずと隣のほうの反応を見遣ると、彼は肩をすくめて両手をあげる。
「やってみる」
「……すみません」
「いいって。こんなに可愛いお嬢ちゃんのリクエストじゃ、なんとかしてやりたいしな」
 絶対音感で合わせる気らしい。
 この人のギターの腕って、わりと相当いい? 京平より、センスがちょっと無いだけで。
 私達の反応を見た彼女は、すぐに満面の笑みになった。
「はいっ!」
 元気よく答えた彼女は、すぐさま買い物袋を脇に置いて、だんごっだんご、と少し調子っぱずれに歌い始めた。
 そんな彼女の音階から器用に音を聞き取り、隣のギターはちゃんとメロディを組み立てていく。
 私も負けじと歌のお姉さんよろしく、彼女のテンポに合わせて音を積み上げていった。
 すると彼女の音階もちょっとだけ正しい音階に戻ってきて、また少しハーモニーらしくなっていく。
 にこにこと笑いながら歌う彼女は愛らしくて、その「だんご大家族」という曲は、流行するのも分かる優しい曲だった。
 私はこんな温もりを家族に感じたことは無かったけれど、人の想いが繋がる瞬間は理解できる。
 歌いながら、彼女もまた、その小さな体にどんな想いを載せて歌っているのだろうかと想像する。
 同じ歌を歌いながら、心はこんなにも違う。なんて不思議なんだろう。
 そして、その夜もとても思い出深い、素敵な夜になった。

さあ、元気になりなさい1

 私はその時、とても最低な気分だった。
 プシュッと空気の抜ける音がして、電車のドアが開く。ぬるい温度の車内に、不意に少しだけ冷たい風が吹き込んできて思わず目を閉じた。
 そういえば、参列者の心情を反映するように、今日は一日じめじめとした天気だった。
 そんな日の夜は、いくら春になりかけているとはいえ、まだ肌寒い。ホームへ足を延ばすと、思っていた以上にコツリとヒールの音が響いた。
 ベッドタウンの駅は、日曜の深夜にもなると、人口はぐっと少なくなる。
 誰もいない駅の構内を、私は自分の重い体を引きずるように、歩いた。
 慣れない喪服。しかも靴ズレでかかとが痛い。
 そして私の心は空を覆う厚い曇に負けないくらい、とても鬱々としていた。
 なぜなら今日参列してきた葬式が、良く知る地元の先輩ギタリスト、早水京平の新婚三ヶ月目の奥さん、砂夜子さんのものだったからだ。
 彼女の葬式は、トップアーティストの京平の親族ということを考えると驚くほど質素なもので、喪主の癖にごく親しい人以外必要最小限しか会おうとしない、彼のひどくやつれた姿は、その悲しみの深さを目の前に突きつけた。
 ……そして彼に会うことができた私達は、彼女の葬式が、同時にずっと好きだった彼のギターの葬式でもあることを知っていた。
「こんなのって……ないよぉ……」
 涙でまた輪郭がにじむ。
 もともと体が強くなかった砂夜子さんだったけれど、それでも彼女の死は本当に突然で、京平のショックは相当なもので、とても見ていられなかった。
 悔しくて、悲しくて枯れ果てたと思ってもまだ涙が流れて、いくらでも泣ける自分が笑える。
 そう思うのに、どうしても涙は止まらなくて、手の甲で直接何度も頬をぬぐった。
「ちっくしょう……」
 葬式での京平が、脳裏にフラッシュバックする。
 どんなときも片時もギターを手放したことなんて無かった癖に、どんだけ彼女の死が辛かったのか。
 もうギターはやめたと生気なくぼそりと呟く京平を、許されるなら張り倒してやろうかと思った。
 私は本当に、京平のギターが好きだったのに、
 切なくて、たまらなくて何度も後から後から溢れてくる。
 彼女が危篤に陥った時、京平はたまたまツアーで遠方にいたらしい。
 しかも彼女の死に目に立ち会えなかった京平に追い打ちをかけるかのように、かけつけた病室で彼女の弟が思わず怒鳴ったんだという。
『お前は砂夜子よりも、ギターのほうが大事だったのか!』
 その言葉が、京平からギターを奪った。
 棺の横で腑抜ける彼に、かつてのあの自信に溢れたギタリスト、早水京平の姿はどこにも見当たらなかった。
 ……まるで砂夜子さんと一緒に、京平の心も遠い世界に連れていかれてしまったみたいだった。
 悔しいよ。そんなにも砂夜子さんが大事だったの。
 知りあったのは、私の方が先だったのに。
 こんな結末迎えるって知っていたなら、どんなことをしても邪魔するんだった。
 そんなくだらない後悔さえ、浮かんでくる。
 京平と出会ったのは、ライブハウスだった。悪ガキがそのまま大人になったようなヤンチャなギターに一目惚れした。
 有名になってからも、地元の後輩アーティストにもフレンドリーに接してくれる、そんな気さくなところも好きだった。
 そんな京平が三ヶ月くらい前に突然、今迄聞かせたことも無かったような優しいバラードを発表した。
 それまでの激しいロックとは全然違う甘い曲調に面食らっていると、いきなり砂夜子さんとの結婚発表があって、京平は他人のものになってしまった。失恋を感じる暇も無いほど、あっという間の出来事だった。
 そして、多分京平の初めてのバラードは、本当に素敵な曲だった。
 だから、納得できたのかもしれない。
 京平の音が本当に幸せそうだったから、これでいいと思えた。
 これからも進化した京平の音を聞いていけるのなら、これでいいと思ってたんだ。それなのに。
「ひどいよ、京平」
 鼻をすすり、涙でぐちゃぐちゃになったメイクを直す気力も無いまま、電車を降りる。
 改札を出たところで、もう足を前に出す気力も尽きかけてきて立ち止まると、不意に若いストリートミュージシャンのギターと歌声が聞こえてきた。
 
 
 誰よ、こんな時間になってまで歌っているバカは。腕時計の時間を見ると、夜十時。
 それでもわりと弾きこんでいる弦の音だった。テクニックとしては中の上、ってところか。
 ストリートミュージシャンにしては、上手い方かもしれない。
 しかしどうしてもプロの京平の音を聞き慣れた私には、その微妙な技量が、かえって鬱陶しく感じた。
 あんまりイライラしないうちに、さっさと立ち去ってしまおう。そう思って足を早める。
「あれ……」
 しかし、階段下の閉店した駅内購買の前に座り込んで歌うその男子学生の姿を目にした瞬間、足が止まった。
 このへんでは有名な進学校のクリーム色の制服を着くずしたまま、一生懸命自作らしいラブソングを掻き鳴らすそいつの顔に、見覚えがあったからだった。
「祐介?」
 彼は、父方の従兄弟だった。うちは両親が離婚してるので、会うのは三年ぶり。
 特に仲がよかったわけでもない。冠婚葬祭とかで強引に引っ張って連れていかれた親族の集まりとかで、ごくたまに顔を合わせたくらいの間柄だ。
 人通りの少ない駅で、足を止めた気配が余計に目立ったのだろう。祐介が顔をあげる。
「……久しぶりだな。瞳じゃないか」
 意外にも、向こうから親しげに声をかけてきた。
「こんなところで何をしてるかと思えば……何こんな場所で、甘ったるい曲歌ってるのよ」
 皮肉げにわざと顔を歪めてみせた私に、祐介は怪訝そうな顔をする。
「どうしたんだ、そのカッコ」
 喪服のことを言ってるらしい。
「もちろん葬式に行ってきたのよ。ちょっと先輩ミュージシャンの奥さんが亡くなってね」
 多分祐介でも、京平の名前は言えば分かると思ったけれど、なんとなく言いたくなかった。
 脳裏に、見てきたばかりの虚ろな京平の姿がまたかすめる。
「そんなラブソング歌っていてもね。人生なんて、一瞬先にどうなるかなんて分かんないんだから」
 気がつくと、そんな嫌味を呟いていた。
 完全に八つ当たり。でも呑気にラブソングなんて歌える祐介が妬ましくて、ささくれだつ自分を止められない。
 でもそんな私に、祐介はただ肩をすくめただけだった。
「いいんだよ。今があの人が俺の傍にいてくれることが嬉しいんだから。……今日あの人が、俺の夢を笑わずに聞いて来れたから」
「何? それって、実体験な恋愛ソングなの。……ガキっぽい」
 鼻で笑った私に、祐介がムッとしたように言い返してくる。
「瞳だって、一つ年下なだけだろうが」
「お生憎さま。同世代でも、私は今日、恋愛なんてするもんじゃないって、嫌ってほど骨身に染みて帰ってきたところよ」
 そんな私に何か勘付いたようで、祐介が黙って見上げてくる。
「……なんか、あったみたいだな」
「言っとくけど、同情はいらないから」
「別に同情する気はない。……でも、そうだな。せっかくだし、なんか歌うか」
 祐介が、自分の横を指さしてくる。
「へ?」
「こういう時は歌った方がいい」
 意外な返しにきょとんとしていると、祐介は苦笑しながらため息をついてみせた。
「狭い町内だ。インディーズやってりゃ、嫌でもそれなりに売れてる奴の噂は、耳には入ってくる。ここらじゃボーカルとしてはちょっとした顔だろお前」
「あれだけ噂好きな芳野の家の集まりには、一度も顔を出さなかった癖に」
「お互い様だろ。それにあそこで、どんな聞きたい噂があるっていうんだ」
「それもそうね」
 私はすっかり足を痛めたヒールの靴を脱ぎ捨てて裸足になり、祐介の横に並んだ。
 思い切り声を出してみるのも、いいかもしれないと思った。とにかく、このもやもやした気持ちを吐き出したい。
 ボーカリストの心は、歌で吐き出すものだ。
「ね、ゆず弾ける?」
 ギター一本ならこのへんが妥当かなと思ってリクエストすると、あっさりと首を横に振られた。
「弾けないし、知らない」
「そっちが誘った癖に」
 即座に悪態をつく私に、ムッとしたように祐介が眉根を寄せる。
「我侭言うな。それに俺、最近ほとんど自分のオリジナルばっかり弾いてるしな」
「なに、じゃあアカペラで歌えっての」
 私は肩をすくめた。
 仕方ない。諦めて息を吸いかけたとき、祐介がぼそりと呟いた。
「あ、でもひとつだけ弾ける曲があった」
 そして彼のギターがゆっくりとした旋律を奏で始める。
「なに、その曲」
「no woman no cry」
 やがて、紡がれる英語の歌詞。ハードロック好きな祐介には珍しいくらいの、ゆったりとしたメロディ。
 泣かないで、と繰り返すその英語の歌詞には、どこか懐かしい感じすらした。
「聞いた事ない。誰の曲」
「ボブ・マーリー。レゲエらしい」
 レゲエ? 祐介にしては、らしくない選曲に目を丸くする。
「……祐介がレゲエなんて、意外すぎる」
「ほっとけよ。たまたま前にここに立ってたストリートミュージシャンに、教わったんだよ」
「珍しい」
 からかうように絡むと、祐介が苦虫を潰したような顔で、そっぽを向いた。
「歌詞がなんか気になって……どういう曲なのか気になったんだよ。その時は」
 私はそんな祐介が、年相応の照れたような仕草をしたことに、思わず吹き出す。
 何よ、案外可愛いとこあるじゃん。
 でも祐介の歌を聞いているうちに、気になった、と言ったその理由は、ちょっと分かるような気がした。
 何度も大丈夫だから、と繰り返すこの歌は、泣いている「あなた」に「僕」が顔を上げて欲しくて歌う歌。
 どんなに辛いことばかりに感じても、「あなた」にそれでも世界は大丈夫だから、歩いていっていいんだよ、と伝える歌。
 そして再び歩き出して欲しいと「あなた」に願っている「僕」のまなざしを、想いを伝える歌。
 ひょっとしたら、祐介はこの歌に、好きになった人の何かを感じたのだろうか。
 親戚という以上に祐介のことは知ろうとしたことも、知る必要も感じたことは無かったけれど。
 一人のアーティストとして見たとき、こいつは結構不器用な奴なのかもしれない、と思った。
 私は、思わず吹き出す。
「じゃあ、その曲でいいや。合わせられそうなところから加わるから、もう一回やって」
 結局その夜は、メチャクチャに歌った。喉のことを考えず気が済むまで、思いつくままに結局いろんな曲を歌いまくった。
 喉が潰れてしまいそうな気さえしたけど、リミッターを自ら外した。仮にもプロを目指すなら、あるまじき行為。
 でもその夜はそうすることが、必要だった。
 むしろ、そうすることで、自分に覚悟が生まれるような気さえしていた。
 ギターを失うほど苦しんだ京平を、仲間として支える覚悟。
 誰も、砂夜子さんの代わりなんてできない。
 でも私はやっぱり、京平のギターが本当に好きなんだ。
 何人も知らない人が、通り過ぎる。最初のうちは、振り返ってさえもらえない。でもそこがいい。
 もともと野外で歌うというのは、手が抜けないものだ。
 マイクの無いところで声は、全然響かない。
 雑踏の中で手を抜けば、二、三メートル先にいる人にさえ、歌詞がちゃんと聞こえない。
 音と歌は、違うのだ。
 その手が抜けない感覚に、引きずられて、研ぎ澄まされていく。
 声よりもずっと音の伸びが良いギターに必死に追いつこうと、どんどん自分が本気で歌い出していく感覚が心地良かった。
 不思議なもので歌っている間は、京平のことを考えることが辛くない気がした。
 歌に、慰められたような気がした。
 そして祐介はそんな私の無茶に、最後までつきあってくれた。
 ちょっとだけ人垣ができても、人がいなくなっても、関係なかった。ただ衝動のままに、歌を歌った。
 ……そうして私は、なんとかその夜を、乗り越えることができた。
 
 
 そして、そんな奇妙で優しい夜が、学生の祐介に会った最後になった。
 翌年、祐介はデビューし、あっという間にスターダムにのし上がり、気がつけば彼もまた、手の届かない存在になってしまったからだった。

恭こまは正義

本日某所で恭こま画像を発見し、とっても元気をもらったこのりです。

ついついその時に思いついた情景を、そのうち使うかなくらいの感覚で、
メモ的に書き始めたらいつのまにか夢中になってしまったようで、もう2時間すぎてました。
うひいいい。もうこんな時間!
しかも今見たら甘くて恥ずかしいので投下して逃げます。

さあて、原稿がんばろう。

原稿を遅らせた罪悪感の反転
→ここから
 
「あいつら、遅いな」
 待てど暮らせど、リトルバスターズのメンバーが戻ってくる気配は無かった。
 夕暮れのグラウンドの端に腰掛け、小毬と二人並んで留守番を始めてから、もう三十分は過ぎている。
 夏の湿気をはらんだ夜風が、練習後のすきっ腹に響いた。
「おなか、すきました」
 半べそな表情で、小毬がおなかを押さえる。
「……だな」
 まったく、いったいどこまで買出しに行ったのか。
(まさか)
 俺の頭に、嫌な予感が過ぎった。
(……ひょっとして、妙な気を回しやがったか)
 というよりも、むしろメンバーの性格を考えると、こっちの可能性が大きいか。
(勘弁してくれ)
 軽くこめかみを押さえる。
 やっぱり俺の気持ちが小毬に傾いているのを、悟られたのは失策だった。今更ながらに後悔する。
(余計なことを)
 ニヤリとほくそ笑むメンバーの顔が見える気がした。今でもどこかに隠れて、俺達のことを伺っているのかもしれない。
(だとしたら、気が早いぜ。俺はともかく、小毬は俺のこと意識すらしてないんだから)
 ていうか、二人きりになってもフラグ立つ気配すらない、今のこの状況を見ろ。
 相手は他人に対しては敏感なくせ、自分に対する気持ちにはてんで鈍感な天然なんだぞ。
「はーあ」
 なんとなくわびしくなってきて、そのままグラウンド脇のフェンスに寄りかかる。
「恭介、さん……?」
 再びため息をつくと、彼女が心配そうな表情で覗き込んできた。
「なんだ?」
「大丈夫ですか? なんか、元気ないみたいです」
「……大丈夫」
 とりあえず曖昧に笑うと、彼女も笑い返してくれた。
「よかった」
 可愛い声で、クスクス笑う。
 それにいつ見ても、大きな目だなあ。くりくりしてる。
(やっぱ、小毬は笑っているほうがいいな)
 そうだ。
 俺は、無理に自分に振り向いてもらいたいわけじゃない。
 ……それにこいつが好きなのは、あくまで理樹だし。
「でもこういうの、ちょっとだけ楽しいですね」
「ん?」
「いつも皆と一緒で、恭介さんと二人きりになることなんて滅多に無いから、ドキドキします」
 ずる。
 思わず自分を支えていた腕の力が、抜ける
「……お前な」
「え?」
「あんまりさらっとそんなこと言うなよ」
「どうしてですか?」
 なにが悲しくて、こんな説明を俺がせにゃならんのだ。
「あ……それとも楽しいって言ったの、だめでしたか。」
 すると本当に悲しそうな表情になって、小毬はぺこりと頭を下げる。
 ぐらり。
(ダメだこいつ、本当にわかってねえ)
 あまりに天然すぎて、逆に少しムカついてくる。
「いや、ダメじゃないけどさ」
 俺は小毬の頬にそっと手をあてた。
 言ってダメなら、やってみせたほうが早いかもしれん。
「こういう流れになんだよ」
「……恭介さん?」
 小毬がびっくりしたように目を見開いて、俺をまじまじと見つめ返してきた。
 やわらかい彼女の肌。
 暖かい体温が手のひらから直に伝わってきて、背中がゾクリとする。
(うわ)
 俺がここでその気になってどうするよ。耐えろ、俺。
 俺の手の中で段々赤面してくる彼女に、俺はニッコリ笑ってみせた。
「びっくりしたか?」
「……はい」
 彼女はもじもじと俯むきながら、ぼそりと続ける。
「キス、されるかと思いました」
「……え?」
 今度は俺がやられる番だった。
 心臓が、ドクリと大きく跳ねる。
「あの、黙らないでください。恥ずかしいです」
「いや、でも、なんだ……」
 フォローをしようとしても、もう舌さえろくに回らない。
 扇られる。
 彼女の髪の匂いとか、緊張して震えている彼女の息とか。
 なんだか変な、スイッチが入りそうになる。
 顔が熱い。
(おいおいおいおい……)
 ここまで考えて、ハッとした。
 なんか自分を制御できなくなってないか、俺。
 もともとこういう時、あまりにも勝手が違いすぎるから、正直どうしていいか分からない。
「恭介さん……」
 彼女が潤んだ瞳で、俺を再び見上げてきた。
 心臓がすごい勢いで早鐘を打ち始める。
 やぱい、やぱいって、そういうのは!
 焦った俺は、苦し紛れに言った。
「じゃあ、キスしてみるか?」
 なにを言っている俺!!
 あまりに血迷った自分の発言に、愕然とする。
「……っ!」
 小毬が小さく息を呑んだ。見つめ返してくる目に、かすかに怯えの色が混じる。
「逃げてもいいぞ」
 それを見た俺は、何だか退路を断たれたような気分になってこう告げる
「……」
 それでも彼女は、俺から視線を反らさなかった。
 怯えながらも一生懸命、俺を見返してくる。
「逃げないと、本当にキスするからな」
「!……」
 小毬の返事は、またしてもなかった。
 ただ緊張してこわばった表情のまま、俺を見上げ続けている。
(これじゃあ、OKなのかNGなのかわからん)
 でも、怯えながらも、いつもとは違う俺の態度を一生懸命受け止めようとしてくれてる。
 戸惑いながらも、傍にいてくれる。
 精一杯の無理をして、ここにいてくれる。
 ……やっぱり小毬は、可愛いな。
(もう、どっちだっていいか)
 俺はそのまま右手で、小毬を引き寄せた。
 最初から、期待なんてしてない。
 せいぜい、意識してくれればそれでいいさ。
「んっ……」
 唇が重なると、彼女は短く声を漏らした。

→ここまで
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。