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さあ、元気になりなさい2

 メジャーデビューし、祐介の顔をテレビで毎日見るようになってからの、彼の躍進は更に加速度を増していった。
 同世代の支持を一気に集め、CDを出せばいつもミリオン。
 あっという間に彼は、一流のアーティストの仲間入りを果たした。
 一方私はというと、相変わらずまだ下積み生活を続けている。
 そろそろ上京して、まる一年。オーディションに落ち続ける毎日は、相変わらずだった。
 それでもやっぱり、才能の塊にぶつかって、本気で歌い続ける日々はそれなりに楽しくて、ハードな生活に疲れながらも、まだ手応えを手放せなかった、そんなある日。
 事件は起こった。
 私がそれを知ったのは、バイト先のファミレスのバックヤードで昼食休憩を取っていた時だった。速報を見た瞬間、私は口に運びかけたフォークを取り落としそうになる。
「げ……」
 思わず呻いた。視線がモニターに釘付けになる。
 芳野祐介、覚せい剤で逮捕。
 最初は目に飛び込んだその言葉の意味が、なかなか頭の中に入ってこなかった。
 このワイドショーのキャスターは、何を言っているのだろう。
 だって……あの祐介が?
 一度セッションもどきをした、あの辛い夜にずっとつきあってくれた記憶が蘇る。
 不器用だけど、優しい。心に残る音を作れる奴だった。
 ……あいつも京平とは別のベクトルで、やっぱり胸を掻きむしりたくなるほど羨ましい才能を持っていた。
 だから、あんなにファンも増えたのに。私にはまだ手も届かないところに行けたのに。
 こんなことで祐介の音楽が、終わってしまうの?。
 そんなのってない。
 ひょっとして何かの間違いだってことはないのだろうか。だってあいつは、音楽を愛していた。
 それを、薬物なんかでわざわざ汚す必要が、どこにある?
 ぐるぐると信じがたい思いばかり渦巻いて、まるで拒否反応のように体がガタガタ震え、全身から力が抜けていくのが分かった。
 フラフラと立ち上がって、また脱力して座る。
 そんな動きを繰り返し、また動揺が表情にも出ていたのだろう。バイト仲間が心配そうな顔をして、声をかけてきた。
「どうしたんですか、瞳さん」
 私は慌ててなんとか笑みを作る。
「なんでもない」
「顔色悪いですよ。ここのところシフトたくさん入ってましたから、疲れちゃったんじゃないですか」
「はは……そうかもね」
 そう答えるのが、やっとだった。実際、その後彼女とどんなやり取りをしたかなんて、もう覚えていない。
 仕事が引けてフラフラと家路についてからは、貪るように祐介の情報を集めた。
 週刊誌、テレビ、インターネット。彼に関する情報には、なんでもあたった。
 でもこんなに彼の名前は溢れているのに、彼が今どうしているかを書いた記事は一つも無かった。
 拘置所の冷たい塀の向こうで、祐介は今、何を想っているのだろう。想像するだけで胸が痛くなる。
 そして歯がゆい気持ちだけを心の奥底に抱えたまま、翌日にはまるで雪崩のような彼へのバッシングが始まった。
 
 
 有名な芸能人の転落は、マスコミにとっても格好の餌になる。
 毎日メディアは面白おかしく、祐介が薬に手を出した理由を憶測して、並べ立てていた。
 しばらくして祐介は保釈されたけれど、その後の消息はしれない。
 昔の仲間に連絡をしてみたけれど、誰も彼の居場所は知らなくて、実家を家出同然に出てきた私には、親戚筋から情報を得るのも絶望的だった。
「……はい、ありがとうございました」
 そんな私に追い打ちをかけるかのように、オーディション落選の知らせは、今日も私の携帯を鳴らす。
「わざわざ凹む知らせが、立て続けにこなくてもいいじゃん」
 自嘲するしか無くて、ため息をついてそのままベッドに倒れ込むと、携帯を枕元に放り投げた。
「なんか、久しぶりに時間が開いちゃったなあ」
 ボーカルオーディションの本選を勝ち上がったときに備えて、今日のバイトは入れていなかった。日が高くなってじりじりと温度が上がる六畳一間の安アパートで、手持ち無沙汰に壁に貼ったカレンダーを人差し指でつつく。
「どうすっかな」
 外はいい天気。洗濯物とか掃除もたまっているけれど、そういう気にもなれない。
「うしっ」
 窓越しに広がる青い空を眺めているうちに、なんとなく出かけたくなった。ひっかけてあった革ジャンとバッグを掴んで、鍵をポケットにねじこむ。
 行きたい場所があった。
 
 
 二時間かけて辿りついたのは、祐介が歌っていたあの駅。
「いるわけないことくらい……わかってたけどね」
 私は階段下を眺めると、苦笑いしながら肩をすくめた。その視線の先には、全然知らないストリートミュージシャンがいた。
「ホント、何を期待していたんだろ、私」
 ひとりごちる。そこに祐介がいるとは、流石に思っていなかったけれど。
 私を動かしたのは、ただ一つの根拠のない淡い期待。
 ここなら、彼の原点になるここなら、ひょっとしたら彼の欠片くらいの痕跡があるんじゃないかと思ったのだ。
 だけど、そんな現実は甘くは無かった。
 冷静に考えれば、あんなにたくさんのマスコミが動いても分からないのに、ちょっとくらい思い出の場所に立ち寄ったくらいで、彼の消息が分かるなんてこと、あるわけない。
 階段を降りると、祐介よりちょっと背が高いくらいの青年が、立ったまま演奏していた。
 年はきっと、私達より五歳は上。ギター弾きにはちょっと勿体無いくらいの、ガッチリとした体格の男だ。
「ふうん」
 暇だったので、そのまま彼をパラパラと取り巻くの五、六人の聴衆に混じってちゃんと聞いてみる。
 歌もギターもわりと上手。でも腕はやっぱり中の上。祐介の音を最初に聞いた時より落ち着いて聞いているのは、単純に今は前の時とは違って、心理的に余裕があるからというだけだろう。
 わりとフォーク系の人らしく、私も祐介も歌わないような、ゆずとかみたいな曲をガンガン歌っていた。
 そんな風にぼうっと時間を過ごしていると、そのストリートミュージシャンが不意にMCを始める。
「お忙しい中、俺の歌を聞いてくださって、ありがとうございます。実は俺がここで歌うのは数年ぶりなんですけど……」
 言いにくそうに、でもどこか想いを噛み締めるように、男はぽつぽつと話す。
「個人的なことなんですが、ちょっと知り合いが馬鹿やっちゃって。そんな知り合いってほど知ってるわけでもなかったんですけど、そいつもここから巣立った奴なんで、……俺らくらいはここでそいつがちゃんと罪を償って出てくるのを、待っていてやってもいいかなって思って」
 とりとめもないコメント。しかし、気持ちは伝わってくる。
「というわけで、次はこんな曲を歌ってみます。今度はちょっと曲調変わりますけど、俺が昔好きでよく歌ってた曲です」
 そう言って彼が爪弾いたのは、あのno woman no cryのイントロだった。
「……え?」
 驚きのあまり、思わず声が漏れた。背中を、ゾクリとした興奮が走る。
 あの学生時代の祐介が、照れたようにそっぽを向いたあの顔を思い出す。
 なんだか突然祐介との糸が繋がった気がした。きっとこの人だ、祐介にこの曲を教えたのは。
 接点だ。
 ただこの曲を教えたというだけの意味しか無くても。しかも消息では無かったけれど。
 ……ちゃんと祐介の欠片、あったじゃないか。
 ギターだけの伴奏に合わせて、大丈夫、大丈夫と繰り返す印象的なサビ。
 そうだね、まだ大丈夫。世界は終わっていない。
 どんなに絶望的に思えても、大半は祐介にも私達にも無関係な毎日を送っていて。
 どんなに全世界に失望されたように思えても、祐介に持つ抱く気持ちは全員が一つなわけじゃない。
 あの日、あの夜、心を閉ざした京平を想って、私がここで歌ったように。
 たまには私達みたいに、祐介が戻ってくるのを、待っている人もいる。
 この歌が届かなくても。こんな想いがまだここにあることを、祐介が最後まで知ることはなくても。
 自分の音楽に絶望した彼が、それでもまだ彼の才能を待つファンやスタッフや仲間に、もう目をむけることはなくても。
 想いは、人の気持ちに関係なく流れている。そういうものだ。
 曲を歌いきった後で一礼し、ストリートミュージシャンの男は、右手をあげながら言った。
「じゃあ、次はリクエストを募ります。なんか俺に歌わせたい曲とかあったら」
「さっきのもう一回」
 私はすかさず、リクエストする。
「それで……とっても不躾なお願いなんですけど、私も歌をやるんです。一緒に歌っていいですか」
 その申し出がとても意外だったのだろう。彼は目を丸くする。
「珍しいリクエストだな。……て、あなたでしたか」
「え?」
 まるで見覚えがあるみたいな言い方に、今度は私の方が驚く番だった。
「前に芳野とここでセッションやってたでしょう。俺、見てましたよ」
 あれを見ていたのか。
 ぐちゃぐちゃの顔で、喪服に裸足でただ歌っていたあの夜の私を。
 照れくさくて、思わず苦笑いが漏れる。
「どうぞ、あなたなら歓迎ですよ」
 まるであの日の祐介のように、彼は自分の横を指し示した。
 今日はスニーカーなので、靴を脱がないまま、私は彼の横に立つ。
「タイミングは?」
 弦の張りを確認しながら彼が聞いてくるので、私はニヤリと笑って返した。
「好きにしてくれて、いいですよ」
「了解です。……じゃあ」
 彼が愛用の赤いレスポールの腹を軽く二回叩く。イントロが始まった。
 息を吸って声を出した。うん、今日は調子がいい。
 力が出せる。歌声が伸びて行く。
 絡まるギターとの相性もいい。リズムが噛合ってる。歌が紡がれている実感がする。
 私は隣の、きっと今回もまた一回限りのセッションになるであろう、祐介の知り合いのストリートミュージシャンの顔をチラリと見る。
 中の上なんて考えて、ごめんなさい。セッションしてみて分かった。この人、思ってたよりずっとギター上手いわ。
 それでもまあ、京平のギターには叶わないけれどね。
 歌っているうちに夕方の仕事帰りの時間帯にさしかかってきたこともあって、いつの間にか人垣ができてきた。
 聴衆ができて、更にテンションがあがる。歌い終わると、拍手が湧いた。気持ちいい。
 そんな人垣の中から、いかにも買い物帰りの中学生くらいと思しき小柄な女の子が、一生懸命手を上げていた。
 前髪が跳ねてて、ちょっと触覚みたい。
「あの、次、リクエストいいですかっ」
「どうぞどうぞ」
 気分良く応じると、彼女は両手に握りこぶしを固めて、気合を込めたリクエストをくれる。
「だんご家族で、お願いしますっ」
「……うっ!?」
 いきなり困惑した。最近街のなかでしょっちゅう流れてる、みんなの歌みたいなアレか。
 ジャンル違いにも程がある。
 そりゃ、商店街やスーパーで流れてるのを聞いたことはあるけど、第一歌詞を全然覚えてない。
 隣のギター弾きを見遣ると、同じく溜息をついて首を横に振っていた。
「ごめん。その曲はちょっと……知らないの」
 そう答えると、彼女は明らかにがっかりした様子で、肩を落とす。
「そうですか……」
 落胆した様子があまりにもストレートで、思わず苦笑する。
 私は怯えさせないようにゆっくりと、膝をついた。そのまま、きょとんとする彼女の顔をのぞき込む。
「ねえ、あなたはその歌、歌える?」
「……え?」
「もしよかったら、教えてくれないかな。私もサビなら歌えるから」
 no woman no cryを祐介と歌った時みたいに、一緒に歌ってみるのも楽しいかもしれないと思った。
 言いだしてから隣のストリートミュージシャンの存在を思い出し、ハッとする。
 しまった。ここは彼のライブだった。
 おずおずと隣のほうの反応を見遣ると、彼は肩をすくめて両手をあげる。
「やってみる」
「……すみません」
「いいって。こんなに可愛いお嬢ちゃんのリクエストじゃ、なんとかしてやりたいしな」
 絶対音感で合わせる気らしい。
 この人のギターの腕って、わりと相当いい? 京平より、センスがちょっと無いだけで。
 私達の反応を見た彼女は、すぐに満面の笑みになった。
「はいっ!」
 元気よく答えた彼女は、すぐさま買い物袋を脇に置いて、だんごっだんご、と少し調子っぱずれに歌い始めた。
 そんな彼女の音階から器用に音を聞き取り、隣のギターはちゃんとメロディを組み立てていく。
 私も負けじと歌のお姉さんよろしく、彼女のテンポに合わせて音を積み上げていった。
 すると彼女の音階もちょっとだけ正しい音階に戻ってきて、また少しハーモニーらしくなっていく。
 にこにこと笑いながら歌う彼女は愛らしくて、その「だんご大家族」という曲は、流行するのも分かる優しい曲だった。
 私はこんな温もりを家族に感じたことは無かったけれど、人の想いが繋がる瞬間は理解できる。
 歌いながら、彼女もまた、その小さな体にどんな想いを載せて歌っているのだろうかと想像する。
 同じ歌を歌いながら、心はこんなにも違う。なんて不思議なんだろう。
 そして、その夜もとても思い出深い、素敵な夜になった。
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