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さあ、元気になりなさい 3

 次にその駅で歌声を聞いたのは、あれから数年経ったやっぱり春だった。
 私はあれからすぐ遠くの街に引越して、バイトをしながら自分の売り込みを始めた。
 だから久しぶりにそんな自分の郷里の駅に通りがかったのも、別に大した用があったわけじゃない。
 たまたまその駅近くのスタジオに届け物を頼まれて、降りただけのことだった。
 駅前商店街の景色は、コンビニができたくらいの変化しかない。
 それでも祐介の情報が途絶えている間何も無かったかといえば、そんなこともなく、それなりに色々あった。
 どれくらい色々あったかというと、京平が砂夜子さんの弟の真砂と仲直りしたり、逆に今度は私が、京平を巡って真砂と取り合うようになったり。そんな京平の家に、人間になりたいなんていうヒューマノイドが転がり込んできたり。
 ……今じゃ私もすっかりそのヒューマノイド(名前はザザという)になじんでしまって、変装というよりは、ほとんど化けの皮を被った状態で他人になりすますのが得意なザザに、たまにバイトを変わってもらうくらいには、変化があった。
 仕事にも少しは進展があって、特に最近はマヤという猫被ったアイドルに見込まれたおかげで、バックコーラスの仕事が順調に入り始め、なんとなく次のステップへの足がかりが掴めつつある。
 だけど私はホームに降り立つその瞬間まで、またあの音楽が聞けるとは予想してなかった。
 再会の瞬間は不意に訪れる。駅の外から聞こえてきた懐かしい声に、胸がドキリとした。
 遠くから聞こえてくるその歌は、耳になじんだ懐かしい感じがした。
「うそっ……!」
 まさかという思い、期待、混乱。そんなものを自覚する間もなく、気がつくと走り出していた。
 体が自然に動き出す。だって忘れようたって、忘れられない。
 この声は、祐介の声だ。
 改札もそこそこに、息を切らしたままあの階段へたどり着くと、階下に夢ではなく、現実の祐介がそこにいた。。
「祐介……」
 久しぶりに見る、元気そうな姿。彼は学生時代のスタイルそのままに、昔と同じ場所で作業服姿で地べたに座り込んだまま、ひょっとしたら昔以上にベタなラブソングを歌っていた。
 そしてたまらないくらい、クサイ歌詞。
(ホント、好きなように歌ってるなあっ!)
 まるで過去にタイムスリップしたかのような錯覚を起こしそうになって、思わず笑いがこみ上げてきた。
 だって、まるで悲しいことなんて、何も起きなかったみたいだ。
 目の前にあるのは、祐介が一度は遥か高みまで登っていけたことも、挙句薬物に手を出したこともまるで無かったみたいに、穏やかな青臭い光景。
 そんなわけないのに。
 あの事件は本当に起こったことで、私にも祐介の身にも確実に時間は流れた。
 歌う歌も微妙に変わった。
 ……でも、また再会できた。またお互いまだ歌の世界にいて、かろうじて縁があった。そんな偶然が、嬉しい。
 テンションがあがった自分を落ち着かせるように、ゆっくりと階段を降りる。そして時間が開いてしまったせいで生じる妙な緊張感を振り払うように、息を軽く吸って切り出した。
「ごぶさた」
「……おう。そっちも、元気そうだな」
 祐介はこっちの気合が拍子抜けするくらい、自然に返してきた。そんな彼の左手に、光る指輪を見つける。
「結婚したの?」
「ああ、今は彼女と、彼女の妹と一緒に住んでる」
「小姑つき? それは、ご愁傷さま」
 からかうようにニタリと微笑みかけると、逆に勝ち誇ったような笑みを返された。
「そうでもないぞ。本当の妹みたいで、……家族が増えるというのは、わりと楽しい」
「あ、そ」
 すねたような返事をしてしまって、自分でも驚いた。
 いや、祐介が幸せなのは、それはそれでめでたいことだ。ただこっちがこれでも祐介の安否をあれこれ案じている間、コイツが脳天気に笑っていたのかと思うと腹立つ。もやもやする。
 すると、祐介が真顔で見上げてきた。
「まだ、俺がやらかした事件のことを怒ってるのか」
「それもある。勝手に失踪したりして……。でもそれ以上に、元気なら元気だって、なんでもっと早く連絡一つしてこなかったのよ」
 せっかくの再会だっていうのに、トゲトゲしい気持ちを抑え切れずぶつけると、祐介はかすかに微笑んで呟いた。
「ありがとうな」
「へ?」
「でも、もう俺は大丈夫だ。これからは俺の家族が、俺を支えてくれる」
「さっきの奥さんと妹さんのこと?」
 聞き返すと、彼はしっかりと頷く。
「それこそガキだった頃から、俺の歌を応援してくれたのが公子だった」
「誰それ」
「俺の嫁の名前だよ。公子はガキの俺も、ズタボロになった俺も、俺を全部認めてくれた女性だった。ずっと好きだった」
 そうして、とても大事そうにギターを眺める。
「俺は公子のためになら、また歌える気がしたんだ。実際歌ったら、気持ちもタフになれた。……だからもう、心配しなくていい。俺は公子のために歌っていれば、大丈夫だ」
「まったく、もう」
 私は、大きく溜息をついた。
 ムカツクくらい甘い惚気に、胸焼けがする。でも。
「よかったわね!」
 そんな顔をされたら、そう言うしか無い。
 確かに、祐介は変わったと思う。
 歯の浮くようなことばかり言うけど……目が落ち着いた、大人の男になった。
 有名になったばかりの祐介は、ただ「自分の歌」を歌ってただけのガキだったから。
 ここにいる祐介はやっぱり、あの頃のままの祐介じゃない。
「ねえ、ずっとヤキモキさせてたお詫びに、なにか歌ってよ。今の祐介の曲、聞きたい」
 私のリクエストに、彼はフッと短く笑い、ゆっくりとギターを奏で始める
 どこか懐かしいメロディラインが始まった。
 低い声が胸の何処かにひっかかる。すぐに祐介の世界に、惹きこまれた。
 ああ、きっとこんな音は、祐介にしか作れない。
 そうだよね。才能がある奴の音楽って、こんなにも人の心を昂揚させるものだった。
「……瞳?」
 不覚にも視界がゆがむ。
 手を止めて、怪訝そうに祐介が見上げてきた。
 いけない。
 しかしそう思った時にはもう遅くて、涙は私の頬を伝って落ちる。
「ごめん」
 私は、反射的にそう口にしていた。
 この音が失われなくてよかった。
 祐介がもう一度、音楽にたどり着いてよかった。ホッとしていた。そして、同時にそんな自分をとても浅ましく感じた。
 だって彼らが音楽を続けていれば、きっとまた辛いことが起きるかもしれない。
 ファンが、彼らの音楽が埋れているのを放っておかない。やっぱり祐介達の音楽は、祐介達だけのものではなくなるだろう。
 それでも、私は京平や祐介に音楽をやっていて欲しいと思った。コイツらの音は誰にも真似できないかけがえのないもの……だから。
「ごめん、……ごめん」
「なぜ、謝る?」
 祐介に問われて、反射的に答えた。
「わからない」
「じゃあ理由も無く、泣くな。こんなところ、知ってる奴にでも見られたら……」
 少し困ったように言いかけて、祐介が固まる。
「……げ」
 その視線の先を追うと、一組の小さな女の子を連れた若夫婦が立っていた。
 父親は紺の∨ネックセーターにチノパンのラフな格好。母娘はおそろいの春らしいシンプルな黄色のワンピースを着ていて、いかにも仲良し親子の買い物帰りといった風情だ。
「……あれ?」
 この奥さんのほう、なんだか見たことあるような気がする。
 だけど、どこで見たんだか思い出せない。
 そもそも、いつ見たんだっけ? そんな私の不躾な視線を受けた彼女は、きょとんとしている。
「岡崎……なんで、お前らここに」
「芳野さん。なんスか、その泣いてる女の人」
 一方父親のほうは、思いっきり蔑んだ表情で祐介を見ていた。どうやら彼は、祐介の知り合いらしい。
 追い打ちをかけるように、父親の手を握っていた小さな女の子が祐介を指さす。
「ママ、おんなのひとが泣いてるー」
 すると娘に、母親は目線を合わせながら、たしなめた。
「しおちゃん、駄目ですよ。そんな風に言っちゃ」
 そして、続ける。
「これは大人の事情なんですよ」
「違うから」
 完全に浮気の発見現場を抑えられたかのような扱いを受け、祐介がすかさず否定した。
 しかし、じとっとした父親の眼差しは揺るがない。
「ち、違うんだ岡崎。これは、その……」
「見損ないました。こんなの見たら、伊吹先生や風子が見たらどう思うか」
「だから、違うって言ってるだろ。コイツはただの従姉妹だ」
 祐介が、お前も何か言ってやったらどうだと言わんばかりに、視線を投げてくる。
 しかし私は、それどころではなかった。
 だって、祐介の反応が新鮮すぎる。
 冷めたことばっかり言ってたコイツが、しばらく見ないうちに、こんなに人間らしい側面晒すようになってたなんて。
 むしろ祐介をもっとからかいたくて、疑惑を肯定したくなる衝動にかられる。
 ……もちろんそんな事実など、これっぽっちもなくても。
「え、ただの従姉妹だなんてひどい。私を弄んだのねっ」
「見苦しいですよ、芳野さん」
「お前らな」
 そんな漫才を繰り広げていると、いつの間にか祐介の目の前にさっきの小さな女の子が入り込んできていた。
「おにーちゃんは、そこで何をしてたの」
 そのままギターに手を伸ばす。
「お歌を歌っていたのよ」
 母親が出てきて娘の脇を抱え、やんわりと距離をおかせながら、顔を緩ませる。
「でも、懐かしい。ママもしおちゃんくらいの年の頃、ギターのお兄ちゃんとお姉ちゃんとお歌歌ったことあったんだよ」
「……え?」
 その言葉にドキッとした。何かがまた記憶をかすめる。
 やっぱりこの女の人、どこかで会ったことある?
 私は改めて、その母親の顔をまじまじと見つめた。
 タヌキ顔っていうんだろうか。目が大きくてちょっと垂れてて、おっとりとした表情。触覚みたいに跳ねてる特徴的な前髪。
 昔、そんな女の子、どこかで見たような……。
「あ、あの時の子じゃない」
「ええ!?」
 娘を抱えた彼女が目を丸くする。
「え、渚。お前、芳野さんの従姉妹さんと知り合いだったのか」
「ごごご、誤解ですっ。わたしは、朋也くん一筋ですっ。浮気なんてしていません!」
 誰もそんな話はしていない。
 第一、女同士でなんでそんな発想になるのか。思わずツッコミを入れたくなったその時、しおちゃんが不安そうに母親に手を伸ばしてきた。
「ママー」
 浮気って単語に反応したのだろう。しおちゃんは、しっかり威嚇するように私をにらみつけてくる。
「ママは駄目っ」
「あ、しおちゃんも一番です。おかーさん、しおちゃんと朋也くん一筋です」
 渚さんは、娘にマイペースに笑いかけている。
 私は肩をすくめた。
「ねえ、渚さんって言ったっけ。忘れちゃったかもしれないけれど、私は昔、ここであなたと歌ったことがあるかも」
「え……」
 一瞬記憶を巡らすように眉根を寄せた渚さんは、ぽんっと手を叩いた。
「あ、ひょっとして……あの時の!」
 そのまま、くりんと娘ごと自分の旦那の方に向き、満開の笑顔を咲かせる。
「朋也くん。この方、わたしのお知り合いさんでした! わたし、このお姉さんと歌を歌ったことがあるんですよ、ここで!」
「お前がか?」
 驚いたように返す岡崎さんに、渚さんは握りこぶしを固めて思い切り頷いた。
「はい、ちょっとだけ頑張りました! でも楽しかったです」
 そして今度は私の方を向いて、頬を紅潮させながら、一生懸命話しかけてくる。なんだか可愛いヒトだなあ。
「また、会えて嬉しいです!」
 そんな私達を見ていたしおちゃんが、突然右手を上げた。
「ママー、わたしもここでお歌、歌いたい」
「じゃあ、歌おうか」
「ええっ!?」
 渚さんがあっさりと娘のおねだりを承諾すると、男ふたりがぎょっとしたように仰け反った。
「マジか、渚。こんな往来で」
 旦那が駅前の行き交う乗客を見回せば、祐介がげっそりとした表情で呟いている。
「俺、幼稚園児の歌なんて知らんぞ」
 そんな四人をニヤニヤ眺めながら、私は尋ねた。
「今日は何歌うの?」
 すると母娘は顔を見合わせて、同時にコクリと頷く。
「もちろん、こういう時はだんご大家族ですっ」
 渚さんが高らかに宣言した。
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